Diary

楽しい生活

桜が苦手、京都、4度目の春

私が住んでいる安アパートには駐輪場などという洒落た概念はない。敷地の周りに各々がスペースを見つけ自転車を停める。いつもは駐輪スペースに対して飽和した入居者たちが所持する自転車を無理やり突っ込んでいたのが、ここ数日で、その数は明らかに少なくなった。持ち主の大学卒業とともに自転車も4年間、あるいはそれ以上過ごした土地を離れ、アパートの周りは新入生が入居してくるまでの間、少しがらんとしている。

 

1年目の春、私は入学式の時点でこの大学に入って良かったのか、やっていけるのか不安だった。もともと経済学部志望だったのが、方向転換して後期試験だけ受験した大学。合格発表までは絶対に落ちたと思っていたし、浪人をすっかり受け入れていたので予備校の説明会にも行って前金を振り込んであった。ちなみに浪人したら文学部を目指そうと思っていた。それが合格してしまっていて、合格発表を見るとやっぱりそれを蹴って浪人する気にはなれなくて、そんな微妙な気持ちで向かった入学式のあとに、同じく後期試験で大学に入ることになった高校の同級生とロイヤルホストで「俺らどうしよう、でもここで頑張るしかないよね」なんて話していた気がする。

初めは2時間ちょっとかけて実家から通っていたけれど、思っていた以上に忙しく、5月ごろに下宿をすることになった。初めてのお部屋探し。大学の授業の間に内見に行って、最終的に家賃が月23000円の下宿と月12000円の下宿で迷って高いほうにした。12000円のほうは木造ですきま風が寒そうな気がしたから。高いって言っても23000円だから、シャワーもトイレも共用だし(しかもシャワー行くのに外に出ないといけないし)、雨漏りはするし、クモ出るし、部屋の鍵はかからないし、大変なことはたくさんあったけれど、友達と近くに住んでいていつでも会えるというのがものすごく楽しかった。

2年目の春、白川疎水沿いにある下宿からは桜がよく見えた。大学生活自体はとても楽しかったけれど、友達と過ごす時間やサークルの活動を充実させることが、大学の授業や課題に対する不満を埋めるかというとそうではなかった。大学を変えようと思い、その勉強のために下宿を引き払って実家に帰ることを決めて、一人で引越しの準備をした。ダンボールにT定規や、色鉛筆、製図用具を詰めているとき、高校3年生の自分を裏切っている気がしてどうしようもなく悲しくなった。

3年目の春、運良く大学に合格し、また京都に舞い戻ってきた私は寮に入った。家賃月600円。時々警察が入ってきただのイノシシが出没しただのでニュースになるあの寮だ。入寮の説明のときに警察がもし入ってきたらどうすればいいかを教えてもらったのがかなり面白かった。全体の入学式は寮で寝ていて出なかったのだけれど、学部入学式で見る新入生がまぶしかった。この寮も色々あって6月ごろに出て、今のアパートで下宿を始めた。

4年目の春。気づけばもう学部の修業年限になる。就職活動をして、あと1年で大学を卒業したら、社会人。大学生活がこれで良かったのかは分からない。今でも、そのまま経済学部に進学していれば、あるいは浪人して文学部で4年間好きな勉強ができれば、何か違った進路があったのではないかと思う。それでも、そうしなかったという自分の選択が自分の限界だということも分かっている。本当にやりたいなら今から入り直せばいいし、どの学部にいたって勉強は自分でできる。それをしないということは、結局はそこまでの思いしかなかったということだ。

 

リクルートスーツで桜が咲く通りを足早に歩いていると、信号待ちで新入生らしき2人組の女の子と一緒になった。「なあなあ、バイト決めたー?」「うん、イオンのフードコート」「えー私も早く決めなぁ」。4月からの生活を楽しみにしてきゃっきゃっと話す女の子たち。そんなに歳は変わらないはずなのに、ものすごく幼く、そしてキラキラして見える。私にもあんなときがあったのかなと思うと少し切ない。でも、私の大学生活もあと丸々1年はある。1年って結構色々起こるし色々できる、それが私がこの3年間で学んだことだ。信号が青になった。次の春には、自分の進路に自信を持って新しい場所へと進むことができたらと思いながら、桜の花びらが散る横断歩道を女の子たちより先に渡り始める。

 

今週のお題「お花見」