Diary

楽しい生活

勝手にふるえてろ、世界音痴、火球

2018/01/09 映画「勝手にふるえてろ」

京都駅周辺はいつも重たい灰色の空気で満たされている気がしていた。大抵の用事は四条河原町で済んでしまうから、駅に行くことはあまりない。私にとって京都駅は、学習塾でアルバイトをしていた思い出と強く結びついている。受験前のピリピリした教室。合格祈願のハチマキをした生徒たち。自習中の生徒を監督するだけの簡単な仕事だった。ときどき講師が巡回にやってきて、勉強をしている生徒たちにハッパをかける。「お前らは二軍なんやぞ。特進クラスのやつらがどれだけ勉強してるか分かってるんか」。長時間教室に閉じ込められていれば、集中力が切れる子どももいる。そんな生徒を見つけると、講師は足で机を蹴って勉強を促す。私はアルバイトといっても生徒からすれば、「先生」であり、机を蹴る音にいちいち驚いた顔をしては自習室の監督は務まらない。監視カメラはあっても窓のない教室にはよどんだ空気がたまり、息苦しくなる。数回シフトに入った後、私はアルバイトをやめた。

世の中には映画を見ることが好きだという人が多い。私は21年間生きてきて、自分から積極的に映画を見に行こうと思ったことがなく、映画館に行った経験は両手の指で足りるくらいの回数しかない。そこで、今年の目標の一つを映画鑑賞と決めていた。ネットで評判の高い「勝手にふるえてろ」を見に行くために映画館を調べる。府内では京都駅近くのイオンモールでしか上映していないと分かり、市バスで駅へと向かった。その日は雨。やっぱり京都駅に行くときはなんとなく気が重い。どんよりした気持ちでバスに揺られ、イオンモールに到着する。1回生のときに山内マリコの『ここは退屈迎えに来て』を貸してくれた人が、地元では彼女とデートに行くのもイオンモール、友達と遊ぶのもイオンモールだったと言っていて、「それは嫌だ」と思ったことを思い出す。

最上階の映画館にエスカレーターで上がり、チケットを発券しようとすると、座席はすでに半分くらい埋まっていた。首が疲れないように後方の席を予約する。上映時間まで、イオンモールの中をぶらぶらしたのち、早めに戻る。キャラメルポップコーンが食べたいなと思ったけれど、前に誰かが「映画館でモノを食べる人ありえない」と言っていた気がするのでやめた。売っているんだから良い気もするけど。

予告が始まるころには館内はほぼ満席になっていて、私の両隣はどちらも一人で来たおじさんだった。映画の感想は、Twitterでつぶやいた通り。おじさんはどう思ったのだろう。

家に帰ってから他の人の感想をたくさん読んで、映画の理解が深まった気がした。主人公のヨシカは自分の脳内世界で生きていた。初恋の人・イチと共有しているはずの中学時代の思い出は自分だけのもので、結局相手からは名前も忘れられているし、楽しく話していたはずの町の人々はヨシカのことなんか認識していない。自分だけの世界はいつも、自分の解釈に合わせて捻じ曲がっている。その世界の認識が誤っていたとヨシカは気づき、絶望する。そこから、自分を好きでいてくれる二と正面から対峙し、ラストシーンにつながっていく。

でも、実際、現実問題、みんな自分の脳内世界で生きている。というか、自分の脳内にしか世界は無い。感覚器官が受容した情報から脳が構成されたものが一人一人の世界で、それらは交わらない。これは結構絶望的なことだと思う。

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2018/01/10 穂村弘「世界音痴」 

またBALで買った。1話ずつ暇なとき(主に授業中)に読んでいる。自分よりダメな大人でも生きていると分かってなぜか安心する。世界音痴。題名がキャッチー。

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2018/01/12-13 名古屋

車で名古屋に行った。名古屋に行くのは初めてで、思っていたよりも都会ということに驚いた。私の中の日本は私が行ったことがあったりテレビで見たりした場所の記憶だけで構成されていて、それは実際の日本とは全然ちがうのかもしれない。名古屋からの帰り道、午前6時くらい、道路を走っている最中に空から落ちていく光が見えた。火球だ! と思った。運転中の人はよそ見できないから、私しか認識していない、私の世界にだけ流れた光だった。

十条でレンタカーを返し、京都駅に近鉄で向かう。お腹が空いていたので、伊勢丹で食事をしようと思ったけれど、食べたいものが見つからないまま屋上展望台に出た。伊勢丹の屋上から京都駅は傾斜のきつく長いエスカレーターでつながっている。高所恐怖症でなくても、下を見てしまうと少し怖いエスカレーター。足元を見ないように頭をあげると、雲一つない青空に気づいた。いつもどんよりしている京都駅だったけれど、こんな空が見えることもあるんだな、と思った。生きていれば、場所が新しい思い出と結びついて、その色を変えることもある。

家に帰ってから、以下のニュースを見つけた。

日本各地で「火球」か 目撃相次ぐ | NHKニュース

やっぱり火球だったんだ! と喜びながら上の記事に貼ってある動画を見たら全然違った。私が見たのはもっとゆっくり動いてずっと光っていた。あれはなんだったんだよ。

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最近Apple Musicに加入して、欅坂46のアルバムをよく聴いている。その中に収録されている「沈黙した恋人よ」という曲に、こんな歌詞がある。

君が指差すものを

僕は見つけられない

同じ青空を見ているのに

鳥はどこへ行った

人が指差しているものを見つけられないことって、結構ある。「ほら、あれだよ! 見えてるじゃん!」と言われても分からないことが。私はそういうとき、面倒になって、 見えていなくても「あっ、ほんとだ! 見えた!」と言ってしまうことが多い。同じ世界を共有できていると思っていても、実際には全然共有できていないときがあって、それは景色だけじゃなく、あらゆることに言えることで。でも、大切なのは、まったく同じ世界が見えることではなく、相手の世界を分かろうとする態度なのかもしれない。あともう少し、相手の指差す方向を一緒に見てみることで、始まる何かがあるのかもしれない。