Diary

楽しい生活

生活した街

今週のお題「休日の過ごし方」

この土日は部屋の外に一歩も出ませんでした。予定が詰まっていないと不安になる人もいれば、何か予定があるだけで不安になる人もいる。私は後者です。

家で何をしているかというと、ネットをするか本を読むか寝ているのですが、この土曜日にはドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」全11話を一気に見ました。これは、2016年の1月から3月にフジテレビ"月9"枠で放送されていたものです。放映時には、「月9=ありがちなラブストーリー」と決めつけていたので、全く興味がわかずチェックしていなかったのですが、昨年の冬に放送された「カルテット」で脚本家・坂元裕二を知り、dtvのお試し期間中にと思って見始めたところ、1日で全話を見終えてしまいました。

確かに、このドラマはラブストーリーでもあるのですが、同時に、都市(東京)と地方を描いたものでもありました。物語は、主人公の音(有村架純)が、引越し屋の練(高良健吾)に連れられて北海道から東京に逃げてくるところから始まります。練もまた、福島県・会津地方から東京にやってきた地方出身者であり、そんな2人を中心とした若者6人の群像劇が、2011年前後と、東日本大震災を挟んだ2016年の二部構成で描かれます。

凡庸な言い方ですが、苦しい状況でも生活の中に小さな希望を見つけて生きる主人公たちの姿に心が打たれるドラマでした。映像も美しいので、気になった方はぜひ1話だけでも見てみてください。(タイトルバックも毎回素敵だと思ったので注目してみてください)

私は小学生のときから、少し離れた市にある学校に通っていた。電車通学で、生徒はいろいろな場所から集まっていたから、学校が終わると、それぞれの街に帰って、放課後に会うことはなかった。学校の最寄駅までは友達と下校して、電車に乗り、それぞれの最寄駅で降りていく。私の最寄駅から家までは徒歩20分くらい。小学生にとって一人で20分歩くのはかなり退屈なことだ。私は歩くのが速くなった。

放課後に家の外に遊びに行くこともなかった私にとって、地元は点と点をつなぐ線としか認識されていない。最寄駅と家をつなぐ通学路。それ以外の場所はぼんやりとしている。通学路以外の場所には車でしか移動しなかったために、かなりの方向音痴になった。初めて行くところにはGoogleマップの青い矢印を頼りにしかたどり着けない。iPhoneを手に、その場でぐるぐる回って、矢印と自分の向きを確認してからナビの言う通りに歩く。

高校3年生、大学受験。12年間の実家と学校との往復(小、中、高と同じ場所だった)に飽き飽きしていた私は、一刻もはやく違う場所に行きたかった。一人暮らしに反対する両親を説き伏せるためにわざと家から通えない大学を選び、京都での生活を始めた。

街で生活するということは、街を面で知っていくことだと思う。少しずつ、歩いた道の風景を覚えていく。Googleマップを起動させなくても行くことができる場所が増えていく。頭のなかの地図に、街の輪郭が描きこまれていく。

これからどこでどういう生活をするのかは分からない。京都で生活できる学生時代が終わったら、私はどこに行くんだろう。それは、少しは自分の意思で決められたとしても、完全にコントロールできるものではないし、今は想像もしえないことが起こって掌中から転がっていくものだから、あまり考えても仕方がないかなと思う。

私は、これまで故郷と言える場所が無いことが少し不満だった。確かに地元はあるけれど、友達もいないし、愛着もなく、長期休みに地元に帰るのは、実家があるからというそれだけの理由だ。

けれども、私には、戻ってくることができる場所として、京都という街がある。これは、心の支えといったら大げさかもしれないけれど、これからもふとした時によりどころとなるものだと思っている。

故郷っていうのはさ、思い出の事なんじゃない? そう思えば帰る場所なんていくらでもあるし、これからもできるってこと。

    ーー「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」9話より